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短歌工房
海の砂漠
天皇というより主に祭祀長 雪のごとくに降り積む言の葉
最悪のこともありうる最悪の事起こりうる漂流家族
原武史、小熊英二氏1962年、島田雅彦氏1961年の生まれ
何となく引くタイトルではあるけれど島田雅彦ならやさしいサヨク
紀伊國屋書店へ行った 島田雅彦と二人の学者の「いま天皇・皇室を語る」

巣穴からジャッカルの子が顔を出す 海辺の砂漠に生きるジャッカル
見えませんここには梟はいないから 唯青空に伸びてゆく杉
フクロウの子の三つ四つ止まる枝 NHKの深夜放送
紫の花大根に陽はさしてしずかに時は流れてゆけり
花に鳥 何の憂き世と思うまで 花喰い鳥の憩う時の間

辛夷散り山桜散る野火止の黄の菜の花や大根の花
「私は葡萄畑の葡萄摘み」法王庁の空飛ぶ鶫
香櫨園、芦屋、魚崎、石屋川 生まれ育った街の水際
紫の花だいこんに陽はさしてしずかに時は流れてゆけり
病院と海水浴場だけがあった 海と砂浜だけが見えていた

遠い昔 遥かに遠い昔のこと 埋め立て以前の芦屋の海辺
潮風と海の匂いのする駅は阪神電鉄香櫨園駅
紫の雨が降るらむ 六甲に硝子を伝う雨があるらむ
四月尽 見知らぬ駅で降りてみる花降る銀河鉄道の夜
四月、まだ後半があるんだね 一日一日若葉が増えて

ちょっとした偶然、それで人生は決まる 霧が谷底から湧いて来る
氷雨にも耐えた桜が微風にも散ってゆきます春暮れる頃
優しさが残酷さでもあるような晩春の風身にまといゆく
見放され見棄てられたと感じている 強制収容所を想像している
真実を告げることこそ良心であるから残酷さとは優しさ

思いやり深い神さま最後までせめて一緒に戦う医者を
「私にはもうしてあげられることがない」 医師である人の言葉を思う
そして今も初めて会った日のように無防備なまま生きている人
15年前のあの日を忘れない 無防備だった心が出会い
六甲の緑芽吹く日 慧さんが四度目になる入院をする

その国は阿片の毒に酔ったように日本の下にも苦しんだこと
中国をわざわざ「支那」と勝谷誠彦氏 1000万アクセス誇ると言うが
カンボジア・ベトナム・ラオス・インドネシア・タイの場合も同じく思う
ある時は奪われながらも抵抗し抵抗しながら生んだ文化か
私は何も知らないことを知る この隣国の通史でさえも
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水曜の午後
日本の周りにあった海もなく護りの盾となる山もなく
大いなるあの中国の支配から逃れ続けた国の不思議さ
私がとっても不思議に思うのは半島にあった国の千年
元々は誰のものでもない島や海が分割、領有される
争えば果てしもあらぬ境界は山にあり海にあり入り合う

入り合いという制度あり 入り合って分け合っていた天地の恵み
「自虐史観」 あの人たちはよくそう言う 他虐よりよい史観と思う
九条を改悪したり常任理事国入りをしたりそれは嫌です春の獏でも
誤解される方もいるので念のため申し添えれば獏は私
本当はこれが現実なのでしょう 日本人は嫌われている

原爆を日本が忘れないように日本の侵略も歴史の事実
「熱狂をしやすい人たち」とも言うが (日本が)理性を失くし起こした戦争
「好戦的な国」とあなたは言うけれど 自覚症状ない日本も
耳垂らすポチの看板、中国では。 「リチャード・ギア似の」小泉首相
反日の感情激しくかの国に、また別の国に現実にある

これほどの憎しみの対象として私たち 憎悪のシチュー煮詰まって今
未確認飛行物体現われて桜吹雪の空のまぼろし
見上げれば唯一点の切片の核弾頭の幻の見ゆ
爛漫の春の最中に人はいて 黒点一つ無き青空を
日本に桜が咲いて陽が照って 恙無ければ憂いなき如

とどめたいと思ったって無駄なんだと諦めている馬車馬の馬車
国連の常任理事国入りを果たし憲法を変える 望んでもいないのに
反日のデモが起きても興味なく 日本政府と日本国民
鳳凰が羽を休めるその閑に歴史は動く動かされてゆく
江戸時代竹を刈るとも竹島はさらに遡ること何世紀もあり

正しく知ることを教えなかった双方の歴史があって小さき島や
我が国の歴史を共に主張して知らざりしかな隣国の歴史
そもそもが歴史のどこに現われてどこから消えてどこへ行くという
双方が主張している島のこと 中国人は「岩」と言ってた
タンジェリン 5滴ヴァニラCO2, 3滴 後悔のない明日のために

水曜の午後もまだ降る春の雨 シャガ、花大根、連翹に降る
フリージァが咲いていることにも気づかずに 桜ばかりに気を取られていて
花言葉、検索されている文字のどんな言葉も分身の花
隠し廊下、座敷の間の壁一つどんでん返しを遊んだ姉弟
茗荷沢、滝の逃げ道 鉱泉に続く迷路のような裏道
終楽章
鬱蒼と山は覆って黄金沢 鉱泉近きただ細き沢
金山を秘かに護り伝え来て千諏訪公の古屋敷の址
静脈も指紋も認証されなくて透明人間だとわかるまで
掌で認証させるそのためにあなたは誘拐されるかもしれない
その麻は雪に晒され藍鼠色の小千谷縮みの涼しさとなる

題詠の「背中」まで来てさらす背の 尾羽ふうわりと雪の白さに
春の夜は眠れ眠れよ夢ふかく 泡浮く水の中に病む魚
さみどりの欅若葉や花水木 季節は移る ふりむけば夏
爛漫の春の吐息の中にいる 鬱陶しさの極まる卯月
岩を抱き天に向かって伸びてゆく巨木の腕に擁かれていた

鳳凰が羽を休めるその閑に歴史は動く動かされてゆく
江戸時代竹を刈るとも竹島はさらに遡ること何世紀もあり
知ることを教えなかった双方の歴史があって小さき島や
我が国の歴史を共に主張して知らざりしかな隣国の歴史
そもそもが歴史のどこに現われてどこから消えてどこへ行くという

双方が主張している島のこと 中国人は「岩」と言ってた
昨日より暖かくなる季節の中 陽炎もえるようなさびしさ
大切な一人の不在 鳥はもう海峡を越えただろうか
淋しさの中心にいる火のように沈む小石のようにひとりで
火を煽る風があるなら火を鎮め心を労わる風もあること

和楽器と競演しているヴァイオリン ゆるされてゆく罪を歌って
木管が恋の炎のクレッセンド 哀しみ歌うハープの調べ
半鐘と共演しているヴァィオリン 八百屋お七を弾くヴァィオリン
ただ眠り眠り続ける春の日の三寒四温身を過ぎてゆく
私はこの頃空を見ていない 花の向こうに空はあるのに

地震雲を見たって親子の乗客が バスの窓から富士が見える日
菜の花のような四月の日暮れ時 あなたは元気にお過ごしですか
だからってキリンのようにうなだれて遠い眼差しするだけなんて
いいのかな言われっ放しでそのままで理路整然と片づけられて
正直のレベルを上げよと山田ズーニー氏 春三月の花の明るさ

正直の練度のことを言っている 司馬遼太郎の言葉だという
破線にて縫い取る世界があるならば縫い取られない私も生まれる
宮崎県産シラス、しらす干し 未だ幼く海を忘れず 編集
「冬将軍」眉を動かすばかりなり さよなら春はもう半ば過ぎ
変らない日々の中にも終楽章もう近いことを告げて花咲く
空の水色
サンミシェル私の時は流れゆきすべての先に死があることを
柿のへた、柿のたねではありません。枇杷のへたってないようですね。
動かせない最終期限をケツカッチンとは知らなかったよ嗚呼今日だよ
人は人、私は私 春の日の気球が浮かぶ空の水色
アライグマ捕獲作戦 迂闊にも捕獲されたと「不機嫌なアライグマ」

北前船船主寄贈の随身門 金襴、緞子、祭礼の絵馬 
丸亀藩婆沙羅の系譜、宇和島藩伊達の系譜の綺羅好む血よ
三月の二十七日観音寺琴弾公園にて勢揃い
一本は四国へ一本は鞆へ七卿落ちの道にも分かれる
太鼓台伝播のルート辿る時、見えて来るもの街道が囲む

戦国の支配領域に重なって伝播したらしい太鼓台文化圏
ちょうさという祭りがあって太鼓台文化の祭り祇園山鉾
LA CHAMADE 敗北の太鼓にならないよう 遠い太鼓は空耳だろう
春の日は静かに暮れてゆくばかり 遠く聴こえる祭りの太鼓
効き過ぎる薬は効かない薬より怖いものだと年寄りも言う

タミフルという名の薬の副作用いまさらながら怖いと思う
路地裏の焼肉屋さんの室外機どういうわけか猫のお気に入り
一匹はその夜、次の朝ほかの子が 春というのに凍えて死んだ
物置で白い野良猫は子を産んだロミオのようなハンサムな子を
この猫は随分人気があるらしい手を折り曲げて眠っている猫

三月の乳白色の空の下 白木蓮の花に降る雨
今日の雨 白木蓮は七分咲き 静かに降っている雨がある
茗荷沢 タラの芽、蕨、ふきのとう 苦味ほろほろ今年の春の
お彼岸は毎年寒いと子規の母 この山里は日向の匂い
浮き島にユリカモメ来て鳴く夕べ サティのチョコの溶けゆく甘さ

香水になぜか兎が付いて来て大きな耳を垂れております
何だったあれは風ではなかったか ただ裏山の夜の梟
心臓に硝子の破片突き刺さる 硝子は虹のように輝く
この日射しつよくあかるくのどかにて上水に呼ぶオナガ、鶯
華麗なる変奏曲を聴くように春の逃げ水走る野火止

フランソワ一世、黒い毛のプードル 引っ越してゆく人の飼い犬
夢の中夢から覚めても騒ぐのは赤い和金の金魚注意報
信じたい思いの先に何がある あの人ならば出来るかもしれない
劇的なことは何にも起こらないそういうことに馴れ過ぎていた
道のりの一歩一歩を確かめるようにゆっくりゆっくり歩くこの旅
彩色の鴨
完全に死んだかどうか確かめる 何を 私のブログの行方
歌を書き歌を読んでいる  三月の曇り空にも飛ぶシャボン玉
『腐れ外道』と誰かが言っていた 腐れ外道ゆえ書けることもある
夜毎聴く魑魅魍魎や鵺の声 異形の鬼を垣間見る春
あの人の登場こそが期待され今日も見にゆく題詠マラソン

海賊が今でも出没するというマラッカ海峡 船の名は「韋駄天」
そして死が森を覆った 秘かに爛れてゆく記憶です
この人の心に傷をつけたこと多分一生忘れない思い
風はただそこに吹くだけ木はそこにただ眠るだけ 水よ流れよ
水辺には淡いピンクの睡蓮とウオーター・レタス数匹の稚魚

不器用に生きて滅んだ一族の何を伝えて火祭り残る
合戦の記憶いずれか遺伝子に残るともなく百手、流鏑馬
半分は眠って暮しておりまして花粉降るころ私は眠る
金絲猴、ロクセラーヌの鼻のサル 金色の夢、金色の風
一刹那一瞬の青奔り去る 風が光りを光りが風を
 
前線を突破してゆくホリエモン 今コーナーを回ったところ
剥離して浮遊してくる何ものか微熱のように憂鬱な春
横町の猫の集会豆腐屋のタマは近頃なかなかの威勢
集会を仕切るボス猫 閉店を決めた丹後屋酒店の猫
春の日の猫の集会、妊娠をしているらしい白い雌猫

あの人がもういないのに私が歌を書いたって何になろうか
と思えば明日は四月上旬の陽気になると気象予報士
亜熱帯日本になったと思ったが豪雪地帯でもあって日本
暖かくなって花粉も飛ぶという憂きこと多き春浅き空
川岸の鴨が寒さに蹲る 鴛鴦模様の彩色の鴨

クリスタルビーズのような耀きを知らずに今朝の泥に汚れて
曖昧な距離感覚の朝靄の中に小鷺か鴨か見分け難くいる
大小の足跡つけて雪の道 三月四日歩くほかなく
さらさらと細雪降る雛の夜 明日東京は白い街になる
或いはそれは自信の問題かも知れず水仙の咲く水辺水際

春なれば蛙も土竜も顔を出し記念撮影するらしかしこ
千年を遥かに越えて生きている大きな樹ならわかってくれる
三月は優しい雲と逃げ水と 玉川上水沿いの蝋梅
濁流にのまれていった人、車 深夜再び見ている『津波』
三月には祖母と舅の命日があって陽射しもやわらかくなる


降る降らぬ決して降っていない雪  春の心を吹く紙吹雪
三月の雪降る降れば降るならば黄の菜の花や紫すみれ
明日から弥生三月 こぶし咲き木蓮が咲き名残り雪降る
花吹雪
急坂をのぼれば台地、八幡と隣りあうのが主(おも)と西新屋
清薫院真蓮妙観大姉なる位牌の祖母に故郷の水仙
降る降らぬ決して降っていない雪  春の心を吹く紙吹雪
明日から弥生三月 こぶし咲き木蓮が咲き名残り雪降る
まるで一人の人が語ったように世界は語られる 複数の私によって

金箔と漆がつくる空間に珊瑚の粒子のような残照
魂に低温火傷あるらしくまだひりひりと小雪降る夜
牡丹雪降れば降るゆえ降るからに明日の雪道、早朝の道
肩が凝って肩が凝ってと言いながら冷たい骨になっていたらどうする
日干しする煉瓦に命奪われて石窟寺院の壁画の剥れ

今日は普通明日も普通 水辺には揺れる水草、緋色の真鯉
お隣りの日記は誰が書いている 日々変りゆく「お隣り日記」
過去ログは時間を生きる 悠久の言葉、言の葉、言霊の森
土色の遺跡の中の壁画には極彩色の釈迦とその弟子
地獄変屏風の炎、人々の頬を照らして焼けゆく牛車

フリードリヒ・グルダのためのコンサート 弦とピアノと一つの記憶
リコ・グルダ、パウル・グルダに父グルダが愛していると伝える楽譜
エストニア土産のカップ 可愛いね どうぞ増田さんによろしく
円柱は静かに光浴びており甲府湯村のエンタシスの寺
楡の木が育てる水の豊かさを確かめている春の雌鹿

私ならきっと話してしまうだろう 枇杷の木に吹く風のことなど
ここにおいでここにあなたの枝がある不格好だが座ってごらん
トネリコの大樹は空を覆うかと思うまで高しトネリコの空
戦国の時代に生まれ露草の命を武器に戦って殺されていた前世の鷹
バス停を降りると海が見えていた 鉛色したあの日の海が

どこまでもひとりっきりの縄梯子 天の草原降りきっただけ
解ってます解ってます解ってます解ってますが悲しいのです
外は雨、氷雨降る朝 関東の直下の鯰身をうねらせる
存在が威圧そのもの 当然のように無言の石臼の稗
とりわけて最長老の雀右衛門 枝折戸に置く手の美しさ

保名より保名のように妖艶にあはれに舞って「二人椀久」
鴎外の小品「ぢいさんばあさん」は伊織とるんのあかるさがいい
久松の籠かき二退三進し花道を去る 籠かきにも花道
去ってゆく上手下手の花道に 久松は籠、お染は舟に
全部嘘、たとえそれでもいいじゃない 舞台には降る太鼓の雪が