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短歌工房
蓮華
残された時間を生きるほかはなく花を眺めて歌を歌って
覚悟を決めよう 泥でも塵でも芥でも 命あるだけ命を生きる
六月十八日 今日は辛い日になった 石榴が割れるようにざっくり
煉獄のこの世を出でて蓮の花迎えるお釈迦様の世界へ
南無地獄 南無南無地獄 殺生の噂絶えざるこの世の地獄
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保護膜
四万斗の雨降りそそぐ梅雨の空 ゆきて帰らぬ鳥のいる空
梔子の雨に打たれて変わりゆく蜜蜂色に変わるその色
梔子と百合が開いた雨あがり 昨日の雨が茎をのぼって
そしてまた田村高広さんの声がする干潟の二重ドキュメントのナレーション
生きてゆく世界はいつも苦しくて 空ゆく鳥の喘ぐ 声無く

『一塊の土』思い出す芥川の 淡々としたモノクロームの
戦争に往かせないため目を刺した清作の妻のその物語
モノクロの映画でよかった鮮血の飛び散る様を見ないでよかった
この二人合うのだろうか「模範兵」清作と反抗的人間、情念の妻
あらくさのしとねに逢瀬重ねゆく 清作とその妻になるひと

『清作の妻』を観ている 亡くなった田村高広も出ていて若尾文子と
急速に興味なくしてゆくように言葉が消えてゆく夏の闇
銅に見る塩素の反応 黄の煙たちこめる試験管
「折り返し鍛錬」という鍛え方「繰り返し鍛錬」まで昇格する刀鍛冶
明日もまた暑さの中で働いて それが思えば格差であるか

スキャナーには頭蓋の形撮られていてシンメトリーの影絵のように
保護膜のように時間が必要で空間もまた必要ではある
いつだって変わらない時がめぐって深夜のルーシー・ショー
しとしととなお降る雨を喜んで蝸牛這う葉裏ありけり
六月の雨は静かに降るものを コサックダンスするような雨

ムツゴロウ泥の中にて立ち上がるそれが求愛の姿だという
たましいのさいはてに咲く花に似て火縄銃にも人の手が要る
春の夜の夢は幻 過ぎゆけば シルヴェスター・リーヴァイ楽曲の誘惑
私の場合はここに抜け道があると思っていた真暗闇
蝋燭は今華やかに炎えていて 絵本の中の白鳥は死ぬ

今日一つだけいいことがありました 綺麗な声で鳴く夏の鳥
再放送を見ておりました なでしこや芍薬の咲くターシャさんの庭を
腹を摺るコギー犬ではあるけれど日陰を選ぶ花の木の下
この年になれば許されるというターシャさん 貴女ならいつでも赦されている
どんな日か忘れてしまうどんな日か 北北西に雲が流れる

その庭の紫色の勿忘草 ここにいるよと咲いてきたよと
もうここに何があるかもわからないそんな時にも水仙香る
九十歳のターシャさんは痩せてコギー犬のメギーは太って花の咲く庭
ターシャは言う 「春は奇蹟ね」花が咲き鳥が鳴きだす命生まれて
春は来る いつでもそれは突然に 緑がそよぐ 風が生まれて
六月の蟹
ターシャにはターシャの時間流れゆき 黄金の明りのきらめく絵本
待つことに喜びがある 小机にスケッチブック開くその人
窓際のゼラニウムにも陽は射してターシャの庭の温室がある
雪の庭 ターシャの庭に花はなく暖炉に燃える薪はぜる音
金魚絵や菖蒲の団扇配られて 紫陽花もまだ咲き誇る頃

薔薇の木も瓦礫に埋まるとナレーション ヒルデスハイムの薔薇の閲歴
重力をもって飛ぶから凧 びゅんびゅんと今風を切る音
暴力は連鎖するという そんなとき攻撃的な競技始まる
この国は集団発狂していると ゴミを漁ってつついてカラス
毎日のように事件は起こるらし 親子が殺しあって梅雨空

小授鶏がチョットコイチョットコイって鳴いている雨が上がった上水の道
月光はなお燦々とふりそそぎ いざなってゆく夜の恒河沙
満天の星空、銀の河の水 天の柄杓を傾けて汲む
流星も蛍も虹もやませみもその山奥の村で見る夏
この夜の果てを旅してゆくような綺麗な軌跡描いて消えて

お隣に板坂さんがおりましていささか先生と言いそうになる
雨の日の雨のモビール透明の青のモビール雨の雫の
チョットコイ、チョットコイって小授鶏が 水色の尾の尾長が雨に
かたつむり、蛙、紫陽花、シャガの花 雨が好きなら私の仲間
熱っぽい今日は一日降る雨のこの密やかさ愛していたり

『さよならをもう一度』をもう一度 イブ・モンタンやイングリッド・バーグマンを
臆測が飛び交う風土 百年も経ってもきっと変わらぬ風土
多分あの勝気な人はそのこともすでに気に入らないのであろう
この頃はエレベーターもシャッターも殺人あるいは殺人未遂を
鉄焼ける匂いがしたよ 火事の夢 殺人事件の報道ばかり

第一の犯罪隠すためにある第二の場合の理由の詳述
中国の映画であって山奥の村をつないでいる道がある
三連の水車が回る川岸に木切れ集めて焚き火する人
このようにして六月の蟹遊ぶ 死者と生者を分かつ水際に
カクレミノ、隠れ隠れて枯れるまで その葉の蔭に瑠璃色の蝶

シュノーケル青蛙という全身が黄色い蛙や梟の話題
寒気団、心に入りくる六月の鬱々として楽しまぬ日の
説明の代りに流れる音楽があればいいのに何もないのだ
左手を息子の肩に置き歩く 木村栄文氏のドキュメント
藁屋根に灯ともる遠景に楡の枯れ枝、早春の雪
海の光り
愛媛県の小さな町の座敷雛 初節句の子の雛を町中で
初生りの苺一粒ようやくに 延命地蔵の前垂れの赤
蓮華ツツジ、ドウダンツツジ、山ツツジ 蜜蜂、蜜をあつめるツツジ
花がらを摘めば花がら山となり水盤になお数日生きる
塩山に大菩薩あり高原も三窪高原近くの躑躅

人工の花で覆った祭壇に虚ろなものの満ちる夕暮れ
やっぱりとみんなが思うその人が事情聴取を受けるその朝
復讐を遂げたるもののありやなし第七の封印解かれる朝
トリュフォーの「隣の女」グルノーブル郊外に住むひとりの女
木曽路には奈良井宿あり清水湧く中仙道の馬つなぐ石

その町は郡上八幡、湧き水の水の音聴く水の音楽
白鳥の雛が生まれる水無月の湖の岸、岸辺の家族
燭光が見えるようなら十字星 離れて光るあの遠い星
そろそろかまだか諸株は崩落し明日の行方はまだ霧の中
無理矢理の分離が起こり血が流れ分離不能なもののゆくさき

世界には破壊願望あるらしく世界とは神であるかもしれず
世界同時株安再び 再建の途上にあって危うき足元
天上に吊り上げられてゆく船があり再び落下する船があり
失速をしている日本経済のこの先にまだ何があるのか
希臘には希臘の青があるようにヒマラヤの空映す青い芥子

気まぐれで生きているとは思わない 夏咲く花は夏に逝くばかり
西空に夕日が沈むその後は小曾根真のボレロで終わる
いま雪が降ってほしいな見てみたいな 冷たい雪の切片などを
今月ももうお終いということにまたもどこかで傷ついている
眠くって眠くて半分死んでいる 十五時を打つユンハンスの時計

雲仙の峠道には桃色のミヤマキリシマ咲いて朧に
六甲は滴る緑、初夏の海の光りの中に兆す死
あのひとも今さまよっている死線 海の光りを見る白い部屋
切ないねみんな誰かに育てられみんな誰かに見守られて逝く
沖合いに浮かんだ大きな貨物船 係留されてだるま船もゆく

はしけが曳く本船であるだるま船 万世橋のたもとに舫う
夢みれば夢のまにまに立つ影の小さくゆれて傾いだ影の
切なさを今見ています水舟と岸辺の葦と降る雨の川
折からの雨に濡れていた泥の道 右と左に分かれていった
希望もなく目標もなく生きてきた 何かが私を助けてくれた